Welocome to my Page!

2017年10月

 

約2年ぶりに1960イチキューロクマルシリーズ作品発表致します。自宅での途中経過発表会、日本とアメリカでのリサーチを重ね公の場テルプシコールにて公演致します。

 

1960イチキューロクマルvol.3

作・出演        立石裕美      Yumi   Tateishi
美術コーディネート 福島奈央花     Naoka  Fukushima

 

日付             20171224日(日)
時間             13:30/16:30/19:30 
※開場は開演の30分前
料金             200023回と続けてご覧いただくことができます。

場所             テルプシコールhttp://www.studioterpsichore.com/

問い合わせ          yumipon57@yahoo.co.jp
164-0001東京都中野区中野3-49-15-1F 中野駅南口下車。改札でたら直ぐに右に曲がり、直進。高円寺方面への線路沿いの道をまっすぐ歩きます。

 

 

1960 年代、若者や芸術家の叛乱が世界中で繰り広げられた。 高度経済成長期の真っ只中、

テレビの普及によって情報が錯綜し ベトナム戦争や社会での出来事がリアルタイムで伝わるようになった。 そんな中、ニューヨークのジャドソンチャーチで起こった革新的なダンスのムーヴメント。

その中心人物であったトリシャ・ブラウンとイボンヌ・レイナ―のした仕事や実践から

私は次のような事柄に興味を持った。

立つ、座る、横になるといった身体の基本的な動作からダンスをつくる。

パッションやセクシーさを見世物にしない。身体こそが唯一リアルなものであり続ける。

ダンスそのもののために文章を書き線を描く。躍動の時代に冷静である事で新しいダンスを導いた。

そして当時の日本で若者や芸術家のした次のことに興味が湧いた。

フォークゲリラと名のる若者が公共空間を占拠しその機能を中断させた。

日本で舞踏を確立した土方 巽は関節を曲げずに歩行し肉体行為の中心に「硬いもの」を求めた。

彼らは力による管理体制などの 国家システムに人生をかけて反発した。

 私はこれまでダンスで舞台に立ちダンスを教え報酬を得て生きていた。

回り、飛び、必要以上に大 きなアクションをし、身体を酷使し、自ら陶酔し観客を陶酔させることを

ダンスだと信じてやってき た。

けれどそれに何の意味も見いだせなくなっていき、場合によっては観客に対し誘惑ともとれるよ うな行為に

不快感を覚えるようになった。そのうちに身体が動かなくなった。

私の身体は昔から突然、一瞬だけ意識がなくなり身体が硬直する。その度に色々なモノに身体をぶつ け、持っていたモノを投げ飛ばし怪我してきた。全て無意識で覚えていない。

土方巽が「硬いもの」を求めたように自らの身体を意識して固めてみようと思った。ただ淡々と身 体を硬直させ、突然脱力するという行為を繰り返してみた。

2017 年私は今、ここで先人たちのキセキを基に、これまでのダンスから決別し、今この瞬間の私のダンスを紡ぎだす。

 

 

photo   bozzo